問題探求
医療経営は、理念として「非営利性」が強調される一方、常に自由競争の下での企業経営という現実に直面させられます。本稿は医療法人(特記ない限り社団)制度にフォーカスし、前編では、実務の現場で見えてくるガバナンス構造と、そこで浮き彫りになる「理念」と「現実」の緊張関係について解説しました。続く後編では、医療法人制度の沿革にも触れつつ、その問題点について考察します。
⇒前編はこちら
1 医療法人におけるコーポレートガバナンスとは
コーポレートガバナンス(企業統治)とは、さまざまなステークホルダー(利害関係者)の立場をふまえつつ、企業経営を適切に管理・監督する仕組みのことです。
株式会社のような営利企業であれば、その第一義的な目的は、会社のオーナーである株主のために企業価値を最大化することにあります。株主は、会社に対する所有権・支配権を有する一方、企業価値の増減によって利得も損失も受けることになるので、一般に経営を監視するモチベーションは低くなく、コーポレートガバナンスは比較的機能しやすいといえます。
これに対し、既に前編で見たとおり、医療法人には制度上オーナーに該当する者が存在しません。医療法人の「社員」は、社員総会による理事の選任・解任等を通じて経営をコントロールする権能(支配権)を有していますが、法人の「持分」(所有権)を有しているわけではなく、利益配当を受けることもできない点、法人の経営状況に対する利害関係は乏しいといわざるをえません。
果たして、これでコーポレートガバナンスは機能するのでしょうか。議論に先立ち、まずは現行制度の成り立ちを簡単に振り返ってみましょう。
2 医療法人制度の沿革
我が国における医療法人制度の創設は、1950年(昭和25年)の医療法改正に遡ります。当時の政策課題は、病院や診療所に法人格を与えることでした。戦後の医療制度の整備の中で、医療機関が持続的に運営されるためには、個人ではなく法人としての運営形態が必要と考えられたのです。
しかし、同時に、医療の営利化に対する強い警戒感も存在していました。医療は国民生活に不可欠な公共的サービスであり、利益追求を目的とするビジネスとは性格が異なると考えられていたからです。そのため、立法者は、医療機関に法人格を認めつつも、株式会社のような営利企業モデルではなく、公益法人に近いモデルを採用しました。
こうして誕生した医療法人は、その構成員である「社員」には、社員総会による理事の選任・解任等を通じて経営をコントロールする権能(支配権)を与える一方、法人の持分(所有権)を与えず、利益配当は一切許さないという、非営利の理念を強調した制度設計となりました。
もっとも、当初の医療法人制度は、法人の基本財産を出資した者(「出資者」)に対し、法人の「持分」を与え、利益配当こそ許さないものの、一定条件下で払戻請求権は認めていました。このような「出資者」の地位は、法人の「オーナー」に近いものがあり、財産的価値が生じて売買や相続の対象となったことは、前編で述べたとおりです。
この点は、非営利の理念からすれば、やや不徹底な制度設計であったといえます。実務上も、たとえば以下のような事態が少なからず発生しました。
・「出資者」が払戻請求権を行使することにより、法人が巨額の現金流出を余儀なくされ、存続の危機に陥る。
・「出資者」の死亡により、「持分」の財産的価値(含み益)ゆえに巨額の相続税が発生し、特に相続人が法人経営の後継者である場合には事業承継に支障をきたす。
このため、平成18年改正医療法により「持分」は否定され、以降新設される医療法人は「持分なし法人」のみとなりました。改正法においても、基金拠出制度を採用した場合、基金拠出者が払戻しを受ける余地はありますが、その条件は非常に厳しく、出資持分の払戻しとは似て非なるものです。これが現行法の建付けです。
なお、現行法においても経過措置として、施行前に設立された「持分あり法人」については、そのまま「出資者」「持分」の存在が認められています(「経過措置型法人」)。
3 非営利の理念は徹底したが…
このようにして成立した現行の医療法人制度ですが、「持分」(及びその払戻請求権)を有する「出資者」の存在を否定した点、非営利の理念は徹底されたといえます。その結果、医療法人からはオーナーシップが排除されました。医療法人は特定の誰かの私有物ではなく、地域医療のための公共的存在であることが、より明確になったわけです。
しかし、この理念はたいへん美しいですが、果たしてそれで法人のガバナンスは成り立つのでしょうか。
誰のものでもないということは、誰も最終的な責任を負わないということです。
「理事」(理事長を含む)は法人の経営者としての権利義務を有しますが、あくまでも社員総会で選解任される立場であり、退任後のことまでは責任を負いません。
「社員」は総会を通じて法人の支配権を行使しますが、利益配当も出資の払戻しもない以上、その結果について本質的な利害関係を持たず、責任を問われることもありません。
4 医療経営の現実の荒波の中で
1950年(昭和25年)に誕生した医療法人の制度設計は、地域の医師や関係者が共同して「社員」となり、医療機関を設立するというイメージを前提としていたようです。そのような前提の下であれば、「社員」となった地域の医師や関係者は、たとえ法的責任を問われることがなくても、それぞれが地域医療に対する使命感から法人運営の責任を果たし、コーポレートガバナンスが機能することも期待できたかもしれません。
しかしながら、実態としては、制度開始当初より、理事長を兼ねる創業医師が、自身のほか、名義上のみ親族や知人を「社員」(場合によっては「理事」「監事」も)に据えるというパターンも多かったと思われます。これは、コーポレートガバナンスの本来あるべき姿とは大きく異なりますが、創業医師に事実上あらゆる権利義務が集中する点、経営責任の所在は明確であり、オルタナティブなガバナンスのあり方といえなくもありません。
また、医療法人制度開始後、医療を取り巻く環境は大きく変化しました。
医療機関の経営には、高額な医療機器や設備への投資、多数のスタッフの雇用、それらを支える組織体制など、相当規模の経営資源が必要とされるようになりました。さらに近年では、医療法人の事業承継やM&Aといった複雑な問題も、ごくあたりまえの経営課題になっています。国の社会保障財政の逼迫や物価の高騰といったマクロ経済の動向も無視できません。
こうした新たな環境下の医療経営には、効率性・生産性の高い現代的経営手法を導入したり、安定的な資本を投下して財務基盤を確立したりすることも必要となってきます。そのとき、現行の医療法人制度は、医療経営の担い手として十全に機能するでしょうか。
前編で紹介した、
・MS法人、医療機器リース、経営コンサルティング契約、不動産賃貸借契約、資金貸付等を介在させた、医療法人の事実上の支配及び所有
・一般社団法人による医療機関の開設
といった経営スキームは、制度の理念に照らせば「ひずみ」であるにせよ、実務の現場からのある種の答えといえます。
5 結びに代えて
医療が国民生活に不可欠な公共的サービスであることは、こんにちでも変わりません。過度な利益追求主義が禁忌であることも同様です。
しかしながら、そのために医療法人が完全なる非営利法人でなければならないというのは、やや論理に飛躍があるようにも思われます。営利企業が公共性の高い事業の担い手となっている例も、現代では決して少なくありません。公共性と非営利性は、必ずしもイコールではありません。
前述のとおり、現行の医療法人制度は、オーナーシップを否定した副作用として、コーポレートガバナンスが機能しにくい構造になってしまいました。また、社会環境の変化により必要な経営資源が増大する中、投下資本の回収に制約があることから、実務の現場では医療法人制度自体を回避・潜脱する動きも見られます。
特に後者については、医療経営から営利性を排除した結果、かえって営利企業による関与が地下化して規制・監督が及びにくくなった面があります。
医療法人制度のあるべき姿については、今後さらに検討を深めてみたいと思いますが、さしあたり以下の点が重要ではないかと考えます。
・医療の公共性は維持すること
・コーポレートガバナンスが機能すること
・経営の効率性や生産性、財務基盤を確保すること
・監督官庁の規制も必要である一方、いわゆる民活も適切に導入すること
・民活との関係では、投下資本の回収にも十分配慮すること
もっとも、このような制度改正には数年単位の時間がかかることが予想されます。当面は、制度の理念と経営の現実のはざまで、両者の摩擦のポイントを理解し、うまくすりあわせていくことが実務的対応となります。
(弁護士 山岸泰洋)
※本稿は2026年3月時点での法令を基に執筆しております。
