2026/03/13NEW
医療法人は誰のものか ~非営利の理念と企業経営の現実のはざまで~(前編)

医療経営は、理念として「非営利性」が強調される一方、常に自由競争の下での企業経営という現実に直面させられます。本稿は医療法人(特記ない限り社団)制度にフォーカスし、前編では、実務の現場で見えてくるガバナンス構造と、そこで浮き彫りになる「理念」と「現実」の緊張関係について解説します。続く後編では、医療法人制度の沿革にも触れつつ、その問題点について考察します。

1 医療法人の「オーナー」とは?

医療法人の「オーナー」は誰でしょうか。

株式会社であれば答えは明確です。株式会社のオーナーは株主です。株主は会社に出資を行い、その対価として利益配当を受け、株主総会を通じて会社の経営をコントロールし、株式を売却すれば出資の払戻しを受けることができます。

ところが、医療法人の場合、この問いは意外に答えにくいものです。医療法人には株主が存在しません。医療法54条により剰余金の配当も禁止されています。

それでは、医療法人を支配しているのは誰なのでしょうか。医療法上、医療法人の最高意思決定機関は「社員総会」です。社員総会は、理事の選任・解任、定款変更、合併など、法人の重要事項を決定する権限を持っています。その意味で、社員総会の構成員である「社員」は、医療法人の支配権を有しているといえます。

しかし、この「社員」という存在は、株式会社の株主とは大きく異なります。医療法人の社員は、出資者ではありません。社員であることによって利益配当を受けることもありませんし、法人が解散した場合に残余財産の分配を受ける権利もありません。

言い換えると、医療法人の社員は、「株主のようでいて、株主ではない存在」なのです。この点は、医療法人制度のガバナンスを理解する上で非常に重要なポイントです。

(なお、本稿でいう「社員」は、法人が雇用する「従業員」とは異なる意味ですので、ご注意ください。)

2 医療法人の「支配権」とは何か ~オーナーシップとは似て非なるもの~

では、医療法人はどのように支配されているのでしょうか。結論からいえば、医療法人における支配権とは、「社員構成を通じた法人統治」の権能です。

社員総会は理事を選任・解任する権限を持っています。そして、理事会は医療法人の経営を担います。したがって、社員のマジョリティを確保することによって理事の選解任権を握れば、事実上、医療法人の経営をコントロールすることが可能になります。この意味で、医療法人における支配権とは、「社員構成を通じて理事会(経営機関)をコントロールする権能」ということになります。

ただし、ここで重要なのは、この「支配権」が「所有権」とは紐づいていないということです。

株式会社では、株主が有する支配権は、株式という財産に裏付けられており、会社に対する所有権と不可分一体のものです。株式は売買や相続の対象となり、その価値は企業価値と密接に結びつきます。これに対し、医療法人の社員たる地位は、そのような意味での財産の裏付けはなく、法人に対する所有権とは切り離されています。

この点、後編で少し詳しく述べますが、平成18年改正前の医療法においては、「社員」とは別に「出資者」という概念があり、現在でも経過措置として古い医療法人については出資者の存在が認められています(「持分あり法人」「経過措置型法人」)。

また、現行医療法においても、基金制度を採用した医療法人には、「基金拠出者」が存在します(「基金拠出型法人」)。

これらの医療法人において、「出資者」は「出資持分」、「基金拠出者」は「拠出金」という財産を保有し、これらを売買・相続したり、(かなり限定的ではあるものの)払戻しを受けたりすることができます。その意味で、「出資者」や「基金拠出者」は、法人の「オーナー」に近い要素を持っているといえます。

しかしながら、
・これらの医療法人においても、「出資者」「基金拠出者」は「社員」とは全く別の概念であること(ただし実際には、創業医師が社員(兼理事長)であり、かつ出資者・基金拠出者でもあることが多い)
・現行法上、「出資者」を擁する「持分あり法人」の新設はもはや認められないこと
・「基金拠出型法人」における「基金拠出者」の権限は非常に脆弱であること
に注意を要します。

いずれにせよ、少なくとも現行法において、「社員」には法人に対する支配権はあっても所有権がなく、それ自体に財産的価値がない、その他法人の「オーナー」に該当する者は存在しないというのが、医療法人制度の大きな特徴といえます。

3 医療法人のM&Aでは何が売買されているのか

この制度的特徴は、医療法人のM&Aの場面で特に顕著に現れます。

医療法人のM&Aに関与している実務家の間では、「持分あり法人」(「経過措置型法人」)は高値がつきやすく、「持分なし法人」は評価が低くなりやすいということがよく知られています。

理由はシンプルです。「持分あり法人」の場合、M&Aに際し「出資者」たる地位を承継すれば、法人に対する出資持分を取得することができます。この出資持分は、法制度的な裏付けのある財産であり、法人の企業価値と連動する価値を持ちます。

これに対し、「持分なし法人」のM&Aにおいては、こうした法制度に裏付けられた価値のある財産を取得することができません。あくまでも、契約で社員構成(ひいては理事構成)を変更することにより、法人の支配構造を事実上移転するにとどまります。

M&Aにおける買主の立場から見ると、「持分あり法人」であれば、法人に対する支配権のみならず所有権も取得でき、投下資本の回収も担保しやすくなります。他方、「持分なし法人」となると、法人に対する支配権を取得するだけなので、投下資本の回収については、役員報酬や退職金、さらにはMS法人の活用をメインに考えざるをえなくなりがちです。

4 実務の世界で広がる「ひずみ」

さらに、医療経営の実務の世界では、医療法人制度の外側でさまざまな経済的関係を構築し、それを梃子として医療法人から収益を移転し、事実上、一定の支配・所有関係にまで発展することも少なくありません。

たとえば、MS法人、医療機器リース、経営コンサルティング契約、不動産賃貸借契約、資金貸付による事実上の出資、などを介在させるケースが散見されます。

これは、医療法人制度の理念からすれば「ひずみ」であり、配当類似行為を禁止する医療法54条に抵触する可能性にも留意しなければなりません。もっとも、現実的な企業経営の観点からは、医療法人に効率性・生産性の高い現代的経営を導入したり、安定的な資本を投下して財務基盤を確立したりする効果も期待しうるところであり、一概に悪と断じることはできません。

また、これらとは別に、医療法人制度を利用せず、一般社団法人が医療機関を開設するというスキームが用いられる例も見られます。

このスキームの利点については、医療法人に対する規制の厳しさ、監督行政の煩雑さを回避するという切り口から論じられることが多いですが、私見では、医療法人制度が「オーナー」の存在を認めず投下資本の回収に難があることこそが、むしろ事の本質なのではないかと考えます。

ちなみに、一般社団法人による医療機関の開設は、2026年3月現在、それ自体は禁止されていません。もっとも、「本来利用すべき医療法人制度を回避し、規制を不当に潜脱しているのではないか」という行政の問題意識は年々強まっており、規制強化に向けた動きも散見されるところです。

5 結びに代えて

医療法人制度は、医療の公共性を重視し、配当を禁止するなど「非営利性」を強く打ち出した制度です。しかし他方で、医療経営は、設備投資、人材確保、事業承継など、多くの経営課題を伴う現実の事業でもあります。

こうした現実の医療経営と、非営利法人として設計された医療法人制度の理念との間には、ある種の緊張関係が存在しているといわざるをえません。この緊張関係をしっかりと理解した上で、制度の「建前」と経営の「本音」をうまく橋渡しすることが、持続可能な医療経営の鍵となります。

次回の後編では、この医療法人制度の背景にある制度設計の思想や歴史を振り返りながら、医療法人のあるべきガバナンスについて、もう少し掘り下げて考えてみたいと思います。

(弁護士 山岸泰洋)

※本稿は2026年3月時点での法令を基に執筆しております。

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